カテゴリー「心と体」の記事

2017/03/06

隔離されていないのに私だけ

先週月曜日火曜日水曜日としっかり遊び歩いたら、体調を崩した。

木曜日に37.6℃の発熱。
自分は平熱が35℃なのでそこそこの上昇値だ。


ここで伝家の宝刀、

“「一晩寝りゃ治る」は過去の話”

を今回も炸裂させ、どんなに寝ても寝ても結局土曜日までグズグズと熱っぽさを引きずることとなってしまった。


明けて日曜日からは花粉症の諸症状と併せ頭痛を発症。

大切な飲み会になかなか上がらぬテンションで参加するなど非常にふがいない姿を露呈させていた。


もしこれらが感染症だった場合、何より心配されるのは家族への感染だが、

おかげさまでわがこはとても健康に生まれてくれたようで、今日もマスク姿の私をいぶかしげに眺めつつ、最近お気に入りのチーバくんうちわをカミカミ、カミカミ、していた。

昔は1シーズンに1回はカゼをひいて寝込んでいたおよめさんも、赤子を授かってから何かに目覚めたのか、以来ぱったりと調子をくずすことがなくなり、今日も元気に洗濯機を回し離乳食をしこしことつくっていた。


何かいつも自分だけがはしゃいで寝込んで、それをくり返していて、イチバン手のかかる子どものようになってしまっている。

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2017/02/21

エール

つくづく病というものは突然で、不条理で。

この世の中にこれだけ人間がいて、中には悪い人やズルい人もいるというのに、

「なんで自分が」
「なんであの人が」

など、運命とか神様とかあやふやなものを呪いたくもなるというものだ。


しかしながらそんな中でも今を受け止め、未来に向けて病魔と戦おうと踏み出す友人を前にしたら、ただただその姿に感服させられる。


弱いところを見せず、上を向き、前向きな言葉ばかりを発する彼女は強く、そして何より周囲の人たちに恵まれているのだろう。

“帰らなければいけない場所”があるのだ。


そして人の思いは時にスゴいパワーとなる。

たくさんのそれを背負っている彼女ならば絶対に大丈夫。

勝てる。帰れる。


自分の思いや言葉なんて軽いものだけれども、少しでも背中を押せるのならば、叫びたい。

「ガンバレ!」


きっとこの試練は走り続けてきたその足を少し休める時。

だからそれを乗り越えたその時、目の前に広がる光景や築かれた関係は、また一段と人生を潤す素晴らしいものになるだろう。


とにかくイチバン言いたいことはね…

「勝ってうまい酒、飲みましょうや!」


勝ってこい!

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2017/02/05

町田は深い

町田は近い街。

今の家からも、実家からも、電車で30分かからない、なじみのあるところだ。


だけれどもこの街を歩くのはたいてい1人か、ここを知らない人とが多かったので、いつも表通りを歩きながら、

「どこ見てもどこにでもあるチェーン店ばかりで、おもしろくない街だなァ…。」

なんて失礼ながら思っていたのだ。


しかし今夜はついに町田人!
町田を愛し!町田に愛された男!
空前絶後の!

町田から1歩も出ようとしない町田人!

…そんな独立国家の住人に案内してもらうこととなり、
料理もお酒もおいしいしっかりとしたお店から、
仲見世の小汚な居心地のいいお店、
そして路地の奥の方にあるとてつもなく怪しいお店まで、

ビチっとハシゴで楽しませてもらい、町田の深さを知ったのであった。

なーんだ!ステキな個人商店、いっぱいあるじゃん!


と、いうわけで、満足し・泥酔しながらの帰路。
数日前やらかしたリベンジ帰宅だ。

すでに記憶はハシゴ酒の後半でなくしていたので…その結果は…

……

………


気づいたら家のソファーにそのまま寝ていて、夜明け前くらいにわがこに夜泣きで起こしてもらったのであった。

セーフ!(たぶん)

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2017/02/01

そして座らない

きのうの夜。

飲み屋を出て、電車に乗ったら、ちょうど空いてる座席があったので「ラッキー」と思いながらそこに座った。

そこでプツリと記憶が途切れる。

次に気がついた時は深夜になっていて、全然知らない駅で電車が止まっていた。


「久しぶりにやっちまった…。」


酔っ払っているし、寝ぼけているし、右も左も分からない土地だし(初めて耳にする駅名)、ケイタイの電池はほとんどないし…
しばらくアワアワしながら「終点ですよー!最終ですよー!」と強制的に降ろされたその駅の周りをグルグル徘徊し、
その後冷静を取り戻すため寒空の下を1駅分歩いて、隣の駅のインターネットカフェに転がり込んだのであった。あってよかった!


普段はギリギリまで飲んで、利用駅の3個奥で止まる最終列車に飛び乗るので、もし寝過ごしたとしてもダメージはほとんどないのだ。

ちょっと気を遣って、早めに帰ろうとするからこんなことになるのだ…。


やっぱりお酒は終電ギリギリまで飲むのが正解!

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2017/01/30

死地よりの脱出

父親の乾燥肌を娘が継いでしまった…。

辛い季節だ。
チクチク・ボリボリを親子でやってしまっている。


特にわがこは首の後ろの皮剥けにお腹や胸の湿疹と具合が悪く、とうとうおよめさんが小児科に連れて行ったそう。


しかしかけ込んだ病院の待合室は、

真っ赤な顔でぐでーっとうなだれる赤ちゃん
バケツに顔を突っ込んで吐き続けている幼児

体調の悪い子どもたちでそれはもう地獄のような光景だったそう…!


看護師さんに、

「ホントはここで診てから皮膚科に行ったほうがいいんだけれど…」
と前置きをしつつも、

「ここには危ない!いない方がいい!今すぐ出て行きなさい!」
と、追い返してもらったそう。

辛い季節だ。

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2017/01/03

渾身の三文字

新年3日は、私の実家へ里帰り。

大怪獣・姪の家族と勢揃い。

暴れた跡


父も母も子…ではなく主に孫へだが、おもてなしを張り切っていたようで何よりだった。

リサ・ステッグマイヤー

おにくたべよ!


そういえば母はくも膜下を発症してからちょうど3年目。

なんとか生きながらえ、なんとか孫の名前を書いた、お年玉袋を手渡してもらうことができてよかった。

早速気に入ってなめました


来年はもう少し達者な字を見ることができるだろうか。

そのうち追い着き追い越され、孫のほうがキレイな字を書きそうだが。

ヘタクソ!もっとうまくなれ!

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2016/12/10

きっかけは何でもいい

自分がかつてここまでに至らなかった経験を持っていることもあってか、長く一緒にいる大人のカップルが結婚に踏み切るタイミング、ってのは何でもドラマチックでステキなことだと思う。

例えそれが出世でも妊娠でも、望まぬ転出でも、大病の宣告でも。


秋に悲しみを分かち合った人生の先輩からの幸せの一報をこの年末に知り、今はただただ嬉しく思っている。

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2016/11/10

これが私のインフルエンザ予防接種に対するスタンスです

 地方衛生研究所ネットワークによると、首都圏患者報告数のうち第44週における東京都のインフルエンザ患者報告数は、2015年度同時期の0.14に比べ0.44ポイント高い0.58であることがわかった。
 11月初旬ながら、2015年12月14日~20日にあたる第51週と同等の報告者数に達している。(後略)
 (16'11.9『リセマム』

毎年これくらいの時期になると、加入している保険組合からお声かけのある“インフルエンザの予防接種”であるが、私の周りには、

「予防接種したのにインフルエンザにかかった!」

という声が非常に多く、

「ワクチンを打っておけば、かかっても重篤化しないのだよ…」

なんてフォローだか言い訳だかなんだかわからない言葉を後から述べられても、とにかく注射の物理的痛みに比べたら全くそこに価値を見出せず…


「そんな効いてんだか効いてないんだかわからんもん体内に入れてんじゃねぇ!」

となってしまうのである。

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2016/10/03

敵は身内から

こういう季節の変わり目はいつもそうだけれども、特に今年ははしか流行のニュースなどが世間をにぎわせ、多少なりとも感染症への意識が高まっていると思われる中、それでも変わらず電車など公共スペースでのセキテロル(自らも周囲をも顧みない堂々たるセキ込み)がなくならないのは極めて遺憾である。

「いいから休めよ!」
「体調は1人でくずしてくれ!」

と、イライラしながらなんとか通勤を済ませ、出社。


すると…

「きのう夜ノドが痛くて!」
「朝起きてもなんかダルくて!」

と、なぜか大声で自慢気に宣言する輩が登場…。

あまりのデリカシーのなさに殺意の波動を全開に出しながら急ぎマスクを装着した。

それが会社のため仕事のためだと思ってたら大間違いだぞ!

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2016/09/25

Thanatos

この話、
自分の人生においてごく限られた人にのみ話してきたのだけれども、それでも全く理解されない時(人)とものすごく共感をもらえる時(人)の落差が激しいのであるが…

自分は物心ついた頃から、ずっと“タナトフォビア”である。


夜フトンにもぐりこんだ時、おフロに入ってぼんやりしている時、1人でいる時にふと漠然と、

「死」

「今までの記憶がなくなる」
「自分が自分でなくなる」

「無になる」

などのことを考えると、それが怖くて怖くて…発狂しそうになるのだ。


どうしようもない恐怖に冷や汗をかき、体をバタつかせながら、

「考えちゃいけない!」

と、想像することをなんとか止める。


またこうしたことを普段からなるべく思考の隅に隅にと追いやりながら、それを小学生くらいの頃からこんな大人になるまでくり返しながら生きてきたのだ。


〈カコキジ〉
「怖いもの」(05'1.7)


小説でイチバン苦手な作品は、『アルジャーノンに花束を』だ。

頭のよくなった主人公のチャーリィが再び知能を失いはじめ、色々な思いを失っていく様は、もう筆舌に尽くしがたいほど怖かった。


そんな中今夜、横浜弘明寺“プロレス道場”の集会で、
「今、遺書を書く」
というイベントがあった。

まだまだ若いつもりの自分たちであるが、今この瞬間の自分が、誰にどんな言葉を残したいのか…
それを共有し、きっとあらわになるそれぞれの人となりを理解し合おうという意図とのこと。


これを機に久しぶりに「死」というものに向かい合う瞬間…と思ったけれど、やはり色々な制御機能が働いたのか、あまり深くは考えられなかった。

やっぱりまだまだ…

加齢に伴い、いつかはこれを自然と受け入れられる日が来るのだろうと期待はしているのだが。

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