カテゴリー「学問・資格」の記事

2018/02/08

お前がやるな

 昨年7月、広島市佐伯区の中学校で、3年生の女子生徒(当時14)が校舎から飛び降りて自殺したとみられる問題で、複数の生徒から暴力を受け、暴言を受けていたことがわかった。
 痛ましい出来事に、ネット上では怒りと悲しみの声が広がっている。

 報道によれば、第三者による審議会は5日、生徒や教職員への聴き取り調査を受けて「女子生徒に対する継続的ないじめがあった」と認定した。
 女子生徒は中学の入学当初から授業中や休み時間などに数名の生徒から悪口を言われていたことが判明。2年に上がると、多数の生徒にからかわれるようになった。
 3年に上がるといじめはさらにエスカレートし、「死ね」「消えろ」といった暴言を受けたり、小石を投げられたり、傘で叩かれるようになった。これらのいじめは女子生徒が亡くなる直前まで続いていたという。

 少なくとも十数人がいじめに関与していたとみられる今回の問題。女子生徒と遺族はこれまでも学校にいじめを訴えていたが、校長は単なる「いじり」「からかい」と判断し、「いじめという認識はなかった」という。
 また、いじめの現場を目撃した際は指導をしていたものの、その都度の指導で終始していたとし、「表面的な対応に終始していた。大きな間違いだった」などとコメントした。(後略)
 (18'2.6『しらべぇ』

“いじり”っていうのはお笑い用語としても使われるように芸人さんが使うテクニックである。

もてあそんでいるように見せかけてその相手が結果的にいわゆる“おいしい”と思うことを先回りしているわけで、その人に興味とか愛情がないと成立しない高等なものなのだ。


私の職場の経営者が、たまに現場に来てはよく知りもしない社員を相手にからかうように、

女性相手には“大酒飲みキャラ”“女のくせにだらしない奴”
男性相手には“いつまでも独身”“仕事できないんだからせめて他はしっかりしろ“

というパターンで毎度いじっているのだが、あまりにセンスがなくて聞いているコッチが恥ずかしくなる。


“いじり”っていうのはとてもいじめっこやパワハラ上司なんかにできるものではないのだ。

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2017/12/08

適性がある

 埼玉・北本市の公立中学校の教師が、ツイッターで生徒になりすまし、女子生徒を中傷する書き込みをしていたことがわかった。
 埼玉県や北本市の教育委員会などによると、公立中学校の20代後半の男性教師は、2017年9月下旬ごろから、ツイッターで男子生徒になりすまし、この学校の女子生徒について「顔で損してるよな」、「あの体形、あの嫌われようでよく学校に来られると思う」などと中傷する書き込みをしていたという。
 11月下旬に中傷された女子生徒を含む生徒数人で、男性教師を問い詰めたところ、はぐらかすような返答をしたということだが、男性教師はその翌日から体調不良を理由に欠勤しているという。
 学校は8日、臨時の保護者会を開き、事実関係を説明する予定。
 (17'12.8『ホウドウキョク』

頭が悪過ぎる。

生徒よりも精神が成熟していない人間がなぜ教師になれたのか。


採用のシステムに問題があるのではないか。

もうテストでいい点がとれるだけの人間を教師に据えるのはやめたらどうだろうか。

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2017/11/27

パキッとも言わずに

大學1年生の夏に友人にもらったシャープペンシル。

手にすごくなじんで気に入って、それからずーーーっと使っている。

学生時代の論文もコレだったし、仕事するようになっての走り書きも、アイデア出しの時もコレだ。

15年以上、常にこのペンが自分の手の届くところにあるのだ。


その大切なペンが、

今日…

折れた。

こんな変わり果てた姿に…


いつもと同じ会議中に、何気なく上の方を親指で横に押してみたら、まるでラムネ細工のように音もなく折れてしまったのであった。


ショッーーーク!!!


これがないと何も書く気になれない…とりあえずセロテープで補修し、だましだまし使ってみることにする。

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2017/04/18

貝になれというのか

 殺害されたベトナム国籍のレェ・ティ・ニャット・リンさん(9)が通っていた千葉県松戸市立六実第二小学校では17日午前、保護者会の会長だった容疑者の逮捕後、初めて児童が登校した。
 通学路で登校を見守った住民からは「子どもたちを裏切ってしまったような気持ちだ」との声が聞かれた。
 死体遺棄容疑で逮捕された渋谷恭正容疑者(46)は、毎日のように見守り活動に参加していた。17日朝、緑のベストを着て見守りに参加した70代の男性は「これを着ていると、子どもたちに信用してもらえない」と漏らし、「何を信頼すればいいのか、子どもが分からなくなっているのではないか」と懸念した。
 近所に住む50代の女性は「(容疑者が)身近な人だったから、対策は難しい。大人もどうすればいいか分からない」と不安そうに話した。
 (17'4.17『時事通信』

どこぞの町内の不審者情報を見ていると、
「〇〇町で、『今日もいい天気だね』と声をかけてくる中年男性出没」
などとあって、知らない人はあいさつしただけでも不審者かよと、哀しいものを感じていた。


しかし今回の事件の容疑者は、それを発令する立場・子どもたちを守ると表明している立場の人間で、さらなる身近からの悪魔の出現に衝撃を受けている。


こんなことがあると、社会は、

「知ってる人以外と話しちゃダメ!」
   ↓
「友だち以外と話しちゃダメ!」
   ↓
「お母さんお父さん以外と話しちゃダメ」
   ↓
「自分以外と話しちゃダメ!」

となり、やがて子どもは貝のようにならざるを得なくなってしまう。


冗談はともかく、これからの子どもとそれをとりまく社会のあり方に影響を与えるであろう、悲惨な事件に腹が立つ。

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2017/03/28

絶対 はない

 栃木県那須町湯本で27日、8人が死亡した雪崩。低気圧の接近、短時間で大量に降る雪、営業を終了したスキー場、と事故が起きやすい条件がそろった中で高校生の春山登山講習は“強行”された。当初の登山訓練を中止して切り替えられたラッセル訓練が雪崩を誘発した可能性もあり、主催者側の無謀な判断が悲劇を生んだとみられる。
 「(登山経験の)ベテランの先生方が状況を把握して、的確な判断のもとにやったと思う」
 講習会を主催した栃木県高体連の橋本健一会長は同日夜、県庁で開いた会見で判断は適切だったとの考えを強調した。ただ、その理由を問われると「詳細は分からない」「先生はベテランだった」などと、現場に責任を転嫁しているとも受け取れる説明を繰り返した。
 雪崩のリスクを下げる活動を行う日本雪崩ネットワークの出川あずささんは「営業していないスキー場はただの雪山。勾配がある斜面に積雪があれば、雪崩はどこでも起こりうる」と指摘する。(後略)
 (17'4.28『iza』

雪山の危険や厳しさを教える講習だったのかもしれないが、ここまで身をもってすることではない。


いいことばかりと思っていた経験も、時に慢心や油断を生むということか。(責任者)

その犠牲になってしまった若い子たちが本当に気の毒だ。


やっぱり自然相手に、イヤ世の中の全ての事象に対して、「絶対(大丈夫)」なんて言葉はないのだなぁ。

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2016/10/15

近くにいることが大切

小学校などで障害者理解のための教育が推進されるのはわかるけれども、机上の空論になってはならない。

まさにこういうことは百聞は一見に如かずというか、慣れだな、と思った経験が自分にはある。


学生時代に教職課程で数週間、障害者施設を手伝うことがあった。

現場でたくさんの人にふれあい勉強させていただきその修了から数ヶ月後、駅で周囲の人々に脈絡なく話しかけ鬱陶しがられている障害者がいた。


昔だったら、そして(恥ずかしながら)今だったら、きっと周囲と同様ムシを決め込んだりその場を逃げるように離れるのだろうけれど、その時は自然とこちらから、

「電車来るから気をつけて〜」

なんて言いながら何も気兼ねすることなく彼に接していて、自分のことながら驚いたことがあったのだ。

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2016/10/11

出る→忘れる

 スタンフォード大学で教育心理学の博士課程を卒業したMarily Oppezzo氏とスタンフォード大学院の教育学部にて教授を務めるDaniel Schwartz氏の共同研究により、座ったままよりも歩いている時の方が平均で60%も新しいことをひらめいたり物事を生み出したりするときに関わってくる「クリエイティブな能力(クリエイティビティ・創造性・創造力)」を向上させることが明らかになりました。
 研究では、歩くことがクリエイティブな能力を向上させ、これは屋内でも屋外でも同様に効果を発揮する、ということが分かりました。つまり、歩くという行為自体がクリエイティブな能力を向上させる主な要因で、これは環境には大きく影響されない、ということです。また、歩行時は座っている時よりも一貫してクリエイティブな能力が高くなることも判明しています。(後略)
 (14'4.30『GIGAZINE』

かのスティーブ・ジョブズもこのため“散歩ミーティング”を実践していたという。


これは自分のような凡庸な人間でも同様で、通勤時とか移動時とか色々煮詰まって気分転換の散歩時とかに、ぼんやりとあれこれとめぐらせている考えからコレ!といった筋道が見えたりまとまりができたりすることが多々あり、

「この思い、ブログに書こう!」

と奮起するのである。


…が、これでいざ電車に乗って立ち尽くしたり、職場のデスクにどっかりと座ったりすると、

「アレ?何書こうと思ってたんだっけ…」

となるので、この思考の停止が凡庸なる自分が凡庸な理由なのだろう。

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2016/03/01

チェンジナウ!(予備軍)

ぬるま湯体質の自分ながらさすがにそれも限界が来ているので、今年に入って転職サイトに登録してみた。

しかし登録ボタンをクリックした途端、膨大な数のメールが届いて、何から手をつけていいのか途方に暮れてしまった。


それだけ求人があるという、それだけやることがるという、いいことなのかな…。


年齢もとっくに峠を過ぎてしまっているし、とにかく現状と目の前のモニターに向き合わねばと思いつつも、今の1日の仕事が終わった後になかなか重い腰が上がらないのは、めんどくさがりの性か、まだ必死になれていないことの証明か…。

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2015/09/05

クラス会に行ってきた

先日お知らせが来て行こうか行くまいか迷っていた、高校1年5組のクラス会に行ってきた。

地元で開催です


やはりこういう会が開催されるのは初めてだったらしく…行方が不明だったり都合がつかなかったりで、残念ながら参加人数は決して多いものにはならなかった。


しかしながら、忘却の彼方かと思われていた記憶も、いざかつてのクラスメートや先生と顔をあわせたり、当時のアルバムを見たりすると、色々スルスルと思い出す部分があってビックリ!

昔からムードメーカーだった幹事のおかげもあり、そこそこに盛り上がった。


「修学旅行であんな事件があった」
「教室で先生にいつもあんな風に怒られてた」
とか、互いに思い出話を出し合って補完し合い。

そんな中、
「アイツとアイツは付き合ってた」
「あの子に告白された」
なんて会話には1ミリも参加できない、当時からモテない男子の自分であった…。


過去のことばかりではなく今までのことを聞くと、

すでに大きな子どもがいたり、
生死の境をさまよっていたり、
会社を興していたり、
外見がほとんど変わっていなかったり、

みんなそれぞれ、色々とがんばってきているんだなぁ…
と、遠い関係だからこそ、雑念が入らない、いい刺激をもらった気がする。


この調子でたまーに、ほどよーい距離感で、会ったいけたらイイナ!

まだ持ってたの…!?

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2015/08/10

なぜ、今。

実家の父から「クラス会のお知らせが届いてるぞ」と連絡があった。

かつて所属していた学級などの会合なんて一度も出たことも誘われたこともなかった中、高校時代の“1年5組”のクラス会の通知が来ていた。


1年5組…幹事の欄にあった名前は覚えている。
クラスのムードメーカーで、よく家に遊びに行ったN君だ。
よく妹とケンカしてたなぁ…。

しかしそれ以外の人が、全く出てこない。


3年のクラスなら、体育祭で大道具やったことや修学旅行で沖縄に行ったことなどかろうじて覚えているのだけれども、さすがに入学当初のことは完全に忘却の彼方だ。


なぜ今、1年5組だったのだろうか…。
当時のクラスメイトたちに会えばフラッシュバックのように様々なことを思い出すのだろうか…。


とりあえず、また実家に帰って卒業アルバムでも引っ張り出さねば、色々心配でふんぎりがつかない。

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