カテゴリー「学問・資格」の記事

2017/04/18

貝になれというのか

 殺害されたベトナム国籍のレェ・ティ・ニャット・リンさん(9)が通っていた千葉県松戸市立六実第二小学校では17日午前、保護者会の会長だった容疑者の逮捕後、初めて児童が登校した。
 通学路で登校を見守った住民からは「子どもたちを裏切ってしまったような気持ちだ」との声が聞かれた。
 死体遺棄容疑で逮捕された渋谷恭正容疑者(46)は、毎日のように見守り活動に参加していた。17日朝、緑のベストを着て見守りに参加した70代の男性は「これを着ていると、子どもたちに信用してもらえない」と漏らし、「何を信頼すればいいのか、子どもが分からなくなっているのではないか」と懸念した。
 近所に住む50代の女性は「(容疑者が)身近な人だったから、対策は難しい。大人もどうすればいいか分からない」と不安そうに話した。
 (17'4.17『時事通信』

どこぞの町内の不審者情報を見ていると、
「〇〇町で、『今日もいい天気だね』と声をかけてくる中年男性出没」
などとあって、知らない人はあいさつしただけでも不審者かよと、哀しいものを感じていた。


しかし今回の事件の容疑者は、それを発令する立場・子どもたちを守ると表明している立場の人間で、さらなる身近からの悪魔の出現に衝撃を受けている。


こんなことがあると、社会は、

「知ってる人以外と話しちゃダメ!」
   ↓
「友だち以外と話しちゃダメ!」
   ↓
「お母さんお父さん以外と話しちゃダメ」
   ↓
「自分以外と話しちゃダメ!」

となり、やがて子どもは貝のようにならざるを得なくなってしまう。


冗談はともかく、これからの子どもとそれをとりまく社会のあり方に影響を与えるであろう、悲惨な事件に腹が立つ。

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2017/03/28

絶対 はない

 栃木県那須町湯本で27日、8人が死亡した雪崩。低気圧の接近、短時間で大量に降る雪、営業を終了したスキー場、と事故が起きやすい条件がそろった中で高校生の春山登山講習は“強行”された。当初の登山訓練を中止して切り替えられたラッセル訓練が雪崩を誘発した可能性もあり、主催者側の無謀な判断が悲劇を生んだとみられる。
 「(登山経験の)ベテランの先生方が状況を把握して、的確な判断のもとにやったと思う」
 講習会を主催した栃木県高体連の橋本健一会長は同日夜、県庁で開いた会見で判断は適切だったとの考えを強調した。ただ、その理由を問われると「詳細は分からない」「先生はベテランだった」などと、現場に責任を転嫁しているとも受け取れる説明を繰り返した。
 雪崩のリスクを下げる活動を行う日本雪崩ネットワークの出川あずささんは「営業していないスキー場はただの雪山。勾配がある斜面に積雪があれば、雪崩はどこでも起こりうる」と指摘する。(後略)
 (17'4.28『iza』

雪山の危険や厳しさを教える講習だったのかもしれないが、ここまで身をもってすることではない。


いいことばかりと思っていた経験も、時に慢心や油断を生むということか。(責任者)

その犠牲になってしまった若い子たちが本当に気の毒だ。


やっぱり自然相手に、イヤ世の中の全ての事象に対して、「絶対(大丈夫)」なんて言葉はないのだなぁ。

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2016/10/15

近くにいることが大切

小学校などで障害者理解のための教育が推進されるのはわかるけれども、机上の空論になってはならない。

まさにこういうことは百聞は一見に如かずというか、慣れだな、と思った経験が自分にはある。


学生時代に教職課程で数週間、障害者施設を手伝うことがあった。

現場でたくさんの人にふれあい勉強させていただきその修了から数ヶ月後、駅で周囲の人々に脈絡なく話しかけ鬱陶しがられている障害者がいた。


昔だったら、そして(恥ずかしながら)今だったら、きっと周囲と同様ムシを決め込んだりその場を逃げるように離れるのだろうけれど、その時は自然とこちらから、

「電車来るから気をつけて〜」

なんて言いながら何も気兼ねすることなく彼に接していて、自分のことながら驚いたことがあったのだ。

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2016/10/11

出る→忘れる

 スタンフォード大学で教育心理学の博士課程を卒業したMarily Oppezzo氏とスタンフォード大学院の教育学部にて教授を務めるDaniel Schwartz氏の共同研究により、座ったままよりも歩いている時の方が平均で60%も新しいことをひらめいたり物事を生み出したりするときに関わってくる「クリエイティブな能力(クリエイティビティ・創造性・創造力)」を向上させることが明らかになりました。
 研究では、歩くことがクリエイティブな能力を向上させ、これは屋内でも屋外でも同様に効果を発揮する、ということが分かりました。つまり、歩くという行為自体がクリエイティブな能力を向上させる主な要因で、これは環境には大きく影響されない、ということです。また、歩行時は座っている時よりも一貫してクリエイティブな能力が高くなることも判明しています。(後略)
 (14'4.30『GIGAZINE』

かのスティーブ・ジョブズもこのため“散歩ミーティング”を実践していたという。


これは自分のような凡庸な人間でも同様で、通勤時とか移動時とか色々煮詰まって気分転換の散歩時とかに、ぼんやりとあれこれとめぐらせている考えからコレ!といった筋道が見えたりまとまりができたりすることが多々あり、

「この思い、ブログに書こう!」

と奮起するのである。


…が、これでいざ電車に乗って立ち尽くしたり、職場のデスクにどっかりと座ったりすると、

「アレ?何書こうと思ってたんだっけ…」

となるので、この思考の停止が凡庸なる自分が凡庸な理由なのだろう。

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2016/03/01

チェンジナウ!(予備軍)

ぬるま湯体質の自分ながらさすがにそれも限界が来ているので、今年に入って転職サイトに登録してみた。

しかし登録ボタンをクリックした途端、膨大な数のメールが届いて、何から手をつけていいのか途方に暮れてしまった。


それだけ求人があるという、それだけやることがるという、いいことなのかな…。


年齢もとっくに峠を過ぎてしまっているし、とにかく現状と目の前のモニターに向き合わねばと思いつつも、今の1日の仕事が終わった後になかなか重い腰が上がらないのは、めんどくさがりの性か、まだ必死になれていないことの証明か…。

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2015/09/05

クラス会に行ってきた

先日お知らせが来て行こうか行くまいか迷っていた、高校1年5組のクラス会に行ってきた。

地元で開催です


やはりこういう会が開催されるのは初めてだったらしく…行方が不明だったり都合がつかなかったりで、残念ながら参加人数は決して多いものにはならなかった。


しかしながら、忘却の彼方かと思われていた記憶も、いざかつてのクラスメートや先生と顔をあわせたり、当時のアルバムを見たりすると、色々スルスルと思い出す部分があってビックリ!

昔からムードメーカーだった幹事のおかげもあり、そこそこに盛り上がった。


「修学旅行であんな事件があった」
「教室で先生にいつもあんな風に怒られてた」
とか、互いに思い出話を出し合って補完し合い。

そんな中、
「アイツとアイツは付き合ってた」
「あの子に告白された」
なんて会話には1ミリも参加できない、当時からモテない男子の自分であった…。


過去のことばかりではなく今までのことを聞くと、

すでに大きな子どもがいたり、
生死の境をさまよっていたり、
会社を興していたり、
外見がほとんど変わっていなかったり、

みんなそれぞれ、色々とがんばってきているんだなぁ…
と、遠い関係だからこそ、雑念が入らない、いい刺激をもらった気がする。


この調子でたまーに、ほどよーい距離感で、会ったいけたらイイナ!

まだ持ってたの…!?

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2015/08/10

なぜ、今。

実家の父から「クラス会のお知らせが届いてるぞ」と連絡があった。

かつて所属していた学級などの会合なんて一度も出たことも誘われたこともなかった中、高校時代の“1年5組”のクラス会の通知が来ていた。


1年5組…幹事の欄にあった名前は覚えている。
クラスのムードメーカーで、よく家に遊びに行ったN君だ。
よく妹とケンカしてたなぁ…。

しかしそれ以外の人が、全く出てこない。


3年のクラスなら、体育祭で大道具やったことや修学旅行で沖縄に行ったことなどかろうじて覚えているのだけれども、さすがに入学当初のことは完全に忘却の彼方だ。


なぜ今、1年5組だったのだろうか…。
当時のクラスメイトたちに会えばフラッシュバックのように様々なことを思い出すのだろうか…。


とりあえず、また実家に帰って卒業アルバムでも引っ張り出さねば、色々心配でふんぎりがつかない。

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2015/07/13

中途半端な予知はいらない

各地で火山が噴火し、地震が多発し…こうなると終末思想的なものもはびこるというもの。

雑誌やネットには、「災害対策」記事ならまだしも、「日本沈没シナリオ」記事まで載ったりしていて…ちょっと気が滅入る。


同じように不快・不安に感じるものが、有史以降から我々の間で続けられているであろう、“地震予知”や“噴火予知”の類だ。


全て結局後付けだし、“ヘタな鉄砲”のように連発する人も多く、それを目にする度心がザワザワしてしまうのだ。

自分だって、
「さっきの夕方の雲見てわかった。ちょうど20日後の同じ時間に、関東地方にとてつもなく大きな地震が起きます…くれぐれもお気をつけて。」

なんて毎日言い続ければ当たるかもしれないというものだ。


予知学者には、
「予知するのは1年に1回まで。」
なんて決まりごとができないだろうか。

中途半端に周囲を不安にさせるのではなく、研究者人生をかけた渾身の、本気の、仕事をしてもらいたい。

それで何度か失敗したら、そのペナルティとして休業させるとか。

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2014/05/08

(ようやく)オボちゃん問題を語ってみよう

 理化学研究所がSTAP細胞の論文に研究不正があるとした調査結果に対する不服申し立てを退けたことを受け、理研の小保方晴子ユニットリーダーの代理人の三木秀夫弁護士は8日午後、大阪市内で、「結論ありきだ。腹立たしく残念に思っている」と報道陣に話した。
 その上で、英科学誌ネイチャーに掲載されたSTAP細胞の論文を撤回する意思はないことを改めて表明した。
 三木弁護士は、理研が不服申し立てを退けた報告について「何の連絡もないのに、診断書が出ていないとか一方的に書かれている」と反論した。小保方氏は理研の決定を聞いて「何を言っても通らない、絶望感にとらわれている様子」だという。
 (14.5.8『朝日新聞デジタル』

日本最高の研究所に所属するチームの論文のミスが、「個人のせいでした」はさすがにおかしいだろう。

周りの人の誰かが見ていなかったとしてもダメだし、チェックしていてこの体たらくだったのならば、なおさらだ。

このままトカゲのシッポ切りのように小保方さんだけが切り離されていくのはあまりに忍びないし、あってはならないことだと思う。


もちろん、組織だけじゃなくて、彼女にだって問題がある、

ここまで書いておきながら、本来こういった専門的な話は、我々のような素人に論じることのできないもの。

それなのにあまりに今話題になっているものが稚拙すぎて、我々もマスコミも堂々と論じ・批判できるようなところにまで成り下がってしまっているからだ。

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2013/10/27

最前線がご近所

今日はご近所さんでもある“電力中央研究所狛江地区”の解放デー。

毎日前を通る度、
「ここでは何が行われているのだろう…」
と思っていたので、張り切って出かけた。

いいお天気!


広くて緑も多い研究所内、地元の家族連れが多く来ていた。

そんな中、所員の方は慣れない中説明をしてくれたり、子供のために風船を配っていてたりと一生懸命で、好印象だった。

テニスコートとグラウンドが羨ましい


目にする研究は、「厨房換気の研究」から「セシウム除去の研究」まで幅広かった。

なんでも狛江地区は原子力技術研究の最前線なのだそう。

そうなるとやはり連想してしまうのは先の大震災。
セシウム研究の部署も、3.11以後急いで設立されたところだそうだ。

問題の解決は急務。
がんばってもらいたい。

私は文系です

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