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2007/01/06

一角から語られる恐怖

年末年始は、このニュースばかりであった。

 東京都渋谷区の短大生が切断された遺体で見つかった事件で、殺害された短大生武藤亜澄さん(20)は生前、東京都内の芸能プロダクションに所属し芝居などのけいこに励む日々を送っていた。映画や舞台に出演、着実に「夢」への階段を上り始めた直後だった。将来の希望を明るく語っていたという。  
(中略)だが、亜澄さんは家族関係の悩みを吐露していたといい、社長も「家族とはうまくいってなかったようだ」と指摘する。約3年ぶりだったという兄勇貴容疑者(21)との会話。「わたしには夢があるけど、ゆうくん(勇貴容疑者)にはないね」。その直後、事件は起きた。(06・1・6『西日本新聞』

「医師一家」「渋谷」「バラバラ殺人」「兄妹」「受験生」…話題にしやすい事件だ。

こういう事件になると必ず何かの評論家が、希薄な家庭内の関係を、鬼の首獲ったかのように「特殊だ」「罪だ」と指摘するけれども、20代そこそこの子供がいる家庭では、この程度が普通だと私は思う。


アイドルを目指し、日々実体験を通じ学んでいるような子にとって、親と同じ職業を目指し、毎日机に向かっている人が滑稽に映ることも理解できる。
逆に受験生にとって、派手な世界を目指している人が、不埒だと、時に嫉妬のような念をも抱かされる、許せない存在になることも理解できる。

お互い、「自分以外を否定しないと、自分が確立できない。」
ただ若かった、それだけだったのだろう。


それはそうと、特に少年事件が起こると必ずマスコミが取り上げるのは、容疑者の“学生時代の卒業文集”。
テレビから流れる、その一文だけで人間像全てを当てはめてしまう報道には、恐怖を感じずにはいられない。


もし私が明日殺人事件を犯し、容疑者になったとしたら、早速テレビ局が名簿屋から取り寄せた卒業者名簿を使って、私の卒業文集をとり上げるだろう。
高校時代の私はいわゆる“大仁田信者”で、そこかしこのプロレス会場で大仁田と共に叫び、涙を流していた。
無論、高校時代の有終の美を飾る文集も、『カッコいい男』というタイトルの大仁田論で…これを見たニュースキャスターはきっと、
「容疑者は典型的なおたくですね。」と言うに違いない。

文集の次はきっと、このブログが取り上げられることだろう。
このこれといった事件性の無い、だだ滑りの文章にざっと目を通したニュースキャスターはきっと、
「容疑者は典型的な無気力青年ですね。」と言うに違いない。

…あれ。結構的を得ている。
…イヤイヤイヤイヤ!


文集もブログも、もちろん本当のことを書いてはいるけれども、そこには実社会での言葉と同じように、人前に出すための色々な飾りがついているわけで…どれが本音かどれがそうではないかは、本人以外の誰にもわからないのだ。

だからそんなあやふやなものだけでその人を判断してしまうことは、非情に宜しくない、と思うのである。


ちなみに、上記事件の勇貴容疑者の卒業文集を見ると、学生時代の反省を自虐的にまとめたものが載っていて、なかなかおもしろかった。
なんとなく、自分の文章と似ているなぁと思った。

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コメント

長きお休みより、やっと戻ってきてくれましたねぇ♪
このまま更新なき時には、一生怨んでやろうと思っておりました…ってウソウソ。いろいろお忙しかったコトでしょうが、お風邪などお召しになりませんでしたか?

さてさて、このご意見…ハゲしく同意です。
わたしも日頃から同じ恐怖を感じておりました。

わたしがもし殺されてしまったら、知人を名乗る匿名のヒトから「屁理屈ばかり言うヘンクツな…美人でした」とか「昼は引きこもりで夜な夜な徘徊する…美人でした」とか余計なオプションがつくのではないかと。(どっちがオプションかはヒミツ)

卒業文集の中でわたしが最も恐れているモノは小学校の頃に書いた「15年後のわたし」。アレについ「大スターかお嫁さん」と書いてしまったわたしは容疑者になったら「幼児性の抜けきらない妄想癖がある多重人格者…の美人」と言われかねない気がしています。

あれ?結構的を得ている?
…いやいやいや。

問題はあの爆発的不人気ブログです。
アレを取上げられたアカツキには死んでも死に切れない…。なので、日頃から容疑者にならないように、誰かに殺されたり、事故にあったりしないように、そして人気モノにならないように厳重に警戒しています。えへへ。

投稿: mouette | 2007/02/02 21:21

mouetteさま、こんばんはー。
ごぶさたしております。
なかなか“今”に追いつかないブログですが、相変わらずであります。

ビジ…こっこれは突っ込みどころなのかー!?
…いやあえて詮索はしないでおきます。


小学生の「15年後のわたし」、ありましたね~。
「大スターのお嫁さん」ではなくて、「大スターかお嫁さん」なのですね。
未来に光が満ち溢れている発言だっ!
今から目指しても決して遅くはないですよー!

ちなみに私は、「まじめなおじさん」と書いたのを覚えています。
あながち間違ってはいない、かなぁ。
可愛げの無い子供だ。

“もしあした自分に何かあったら”
困ることだらけですよね!
もはや”何かない”ように日々努めるしかないのか…。
自分を守るのに精一杯、です。

投稿: かんげ | 2007/02/06 21:31

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