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2006/07/28

子供の社交場はどこへ

地元の道路ですれ違った、おばあさん。
決してご近所の人じゃないのに、どこかで会ったことのある人…誰だったっけ。
結構お世話になった、決して“赤の他人”ではない人なのに。

ずっと心に引っかかっていたまま家に帰って、その夜、思い出した。
「…駄菓子屋のおばあさんだ!」
…よかった。元気そうで。


私が小学生の頃、我が母校の学区内には5軒もの駄菓子屋さんがあった。
しかし、今ではもう、1軒も残っていない。

あの頃は、どこの駄菓子屋にも子供がいっぱいだった。
決して下町のように人情味が厚かったり、駄菓子屋文化が根付いていた土地ではないけれども、駄菓子屋さんはやっぱり私達の社交場だった。


子供達の中にだって、立派な社会がある。

「今日はアイツん家に行くから、近くの○○屋に寄って行こう。」
「あそこに寄れば、アイツらいるんじゃない?いつもいるから!」

一緒に遊ぶ友達であったり、場所によって、その日に立ち寄るお店は異なる。
そして学年クラス無く地元の子供達がひしめき合う狭い空間は「家庭ご近所」・「学校」以外の新たな社会で、お店によって異なるルールに従いながら新たな関係を築いたり今まで以上に関係を強めたり、今までになかった交流を経験する。
それはまるで、“おつきあい”という1つの仕事のある、働くお父さんのようだ。


「スーパーカー消しゴムを買う時だけは、品揃えのいいあそこしかない!」
「○○のおばさんは気前がいいから、遠足のおやつはそこへ買いに行こう(おまけしてくれる)!」
「○○屋のクジは、他の店よりも当たりやすいぞ!」

買い物の目的によっても、その日に立ち寄るお店は異なる。
そして経験や口コミをフル活用し、限られたお小遣いを子供達は知恵を絞り、やりくりする。
それはまるで、1円安いタマゴを求め隣街のスーパーにまで行く、かしこい主婦のようだ。


子供達の社会性は、勿論家庭学校だけでつくられるものではなく、様々なところで形成される。
そしてその一翼をになっていたのが、駄菓子屋さんという場所であったと思うのだ。

今の子供達は、どこで遊んでいるのだろう。
お小遣いはどこで使っているのだろう。
どこも同じようなコンビニで、塾帰りにレジに並んで…とかなのだろうか。

デパートの“駄菓子コーナー”で、定価の倍くらいの駄菓子を選んでいる子供達を見ていると、経済的には恵まれているのだろうけれども、何かかわいそうな感じがしてしまう。

いや単純に…「昔は100円で10円ガムを10個買えたのに、今では9個しか買えない。」
これがいかにかわいそうなことか!

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コメント

私もよく行きましたよ、駄菓子屋さん。
一度家に帰って学校の近くのお店によく
行ったものです。懐かしい~。
かんげさんの言うように私も二つの駄菓子屋さんを
使い分けてました。もう一つは塾の帰りに
お腹のすいた小腹を満たすため^^;
これがまた美味しいんですよね。ブタ麺とか。
だんだん駄菓子屋がさんが姿を消すのは寂しいですね。

投稿: ぶー | 2006/07/30 09:07

ぶーさま、こんばんは。

そうそう!学校にはお金持ってっちゃイケナイ(名札の裏の10円まで?)ので、必ず1回家に帰ってからでしたねー。
習い事の帰りはお腹が空いて、よくお世話になりました。
“ブタめん”だと、「お湯は1杯15円。」とかお金をとるお店があったりして…懐かしい。

ぶーさまのよく行かれた駄菓子屋さんは、今もありますか?
私が育ててもらった駄菓子屋は全滅で…過大に言えば“故郷が無くなった”ような哀しさがあります。

投稿: かんげ | 2006/07/31 19:34

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