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2006年2月の記事

2006/02/28

肉音

きのうは頭痛で早く帰ったので、今日は早く出勤。
いつもより1時間半早い特急電車がホームへ到着して、いつもと違う慣れない車内を奥へと歩いていると…突然目の前が反転、

「ぺたーん!」

と、思いきり転倒した。

ちなみにこの「ぺたーん!」は、肉が地面に打ちつけられる音である。


転ぶ瞬間、私の何かにすがる思いで伸ばした手を、キアヌ・リーブスのごとく軽くいなしたおじさんが、その肉音に、

「わおぅ。」

と驚きの声を上げた。
…驚くのなら、避けるなよ。


原因は単に、人ごみで狭い車内でのカニ歩きに、自分の左足を自分の右足で踏んでいるのに気づかないまま、再び左足を踏み出そうとして…といった具合であった。


何事も無かったようにすっと立ち上がりはしたけれども、もちろん一部始終を車両中全員の人が目撃しているわけで…たくさんの視線を感じながら、私はずっと外を見続けるしかなかった。いい朝だ…。

恥ずかしさが痛みに感じる

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2006/02/27

春が来た

ブログ『新橋オヤジの日記』ご主人・新橋オヤジさまのお宅の梅の花が開花してから、遅れること2週間…今朝見たところ我が家の梅も、いつの間にか花を咲かせていた。

寒い日と暖かい日をくり返す解らない日々の中にも、ほんのりと春を感じるようになった。


自然から、四季の訪れを感じることは幸せである。

動物や植物、水や空気、そして空や星。
周りに存在する様々な事象の、日々変わり行く小さな変化に気づくということは、逆に言えばそれはそこに、穏やかな時間や、心の豊かさが存在している証拠でもあるからだ。


したがって「いつの間にか」咲いていた梅に気づくようでは…私もまだまだ人間として、地に足が着いていないように思い、今日は持病の頭痛を抱えながら、ずっと心を、やがて見られるであろう満開の梅の木へと飛ばしていた。

…人間として、目の前の仕事をキチンとすることも大切だが?

(〈トラックバック〉●「庭の梅が開花しました」→06・2・10『新橋オヤジの日記』

咲き誇れ

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2006/02/25

秘技、

「フハハハハ…もはやここまでだなゴレンジャーよ!地球はもらったぞ!!」

「クソッ、こうなったら…アイツを呼ぶしかない!出動だ…“イナバウアー”!!」

もしくは…

「決・め・る・ぞー!」

「さぁロープに振って…出たぁ!カウンターの“イナバウアァー”!!カウント3!!!」

もしくは…

「ドラえも〜ん!ジャイアンが、僕のラジコン返してくれないんだよ!」

「しょうがないなぁ(ゴソゴソ)…“イナバウアー”!!」


…と、言葉の響きだけから、こういったたいそう激しいイメージの技を想像していたのだけれど、本当はずっとしなやかでずっと美しい技であった、荒川静香の“イナバウアー”。

世は彼女の金メダルに沸きっ放しである。


「女王」「ベテラン」と呼ばれ、その威風堂々たる姿勢と貫禄からずいぶん年上のお姉さんなのかと思っていたら…すいぶん年下の女性であって驚いた。

演技の終わった瞬間に彼女が見せる、快心の笑みとは少し違う、心の奥だけでは閉じ込め切れなかった沸いてくる自己の満足と感動…そんなつつましながらも充実の表情は、とても美しい。


そしてそんな彼女を見た世界中の人々が、

「荒川は美しい。」

と言っているのを見ると、1人の美しいアジア女性の存在が、我々の中になんとなくある欧米アレルギー(憧れ)をもなぐさめてくれるようでもある。


ピタリと上位に食らい付き、最後まで逆転優勝の可能性をも見せてくれた村主、そして日本中のプレッシャーの全てを一身に背負い滑り、勝負論とは違った新しいオリンピックの価値を見せてくれた安藤と、フィギュア日本女子勢は前評判以上の輝きを見せてくれた。


 荒川静香(24=プリンスホテル)が逆転で悲願の金メダルを獲得した。日本女子フィギュアでは初めてで、今大会の日本選手団メダル第1号となった。ショートプログラム(SP)3位の荒川は21番目に登場。完ぺきな演技を披露し、フリー125・32点、通算191・34の高得点をマークした。
 冬季五輪で日本が獲得した金メダルは9個目で、女子選手としては98年長野大会フリースタイルスキー・モーグルの里谷多英以来2人目の金メダリストになった。(06・2・24『nikkansports.com』


(〈トラックバック〉●「荒川静香金メダル」→06・2・25『spica's world』
●「アイススケート女子フィギアで荒川静香、金獲得」→06・2・24『自然のなかの花々』
●「トリノ五輪に最後の応援!!」→06・2・21『トラックバック野郎』

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2006/02/23

チャンスは1度きり…ではなかったはずなのに。

 民主党の永田寿康衆院議員(36)=比例南関東ブロック=は23日、議員辞職の意向を固めた。
 永田氏は、ライブドアの堀江貴文前社長が自民党の武部勤幹事長の次男への3000万円の送金を指示したとするメールをもとに衆院予算委員会で質問したが、メールが本物である証拠を示せず、党が厳しい批判にさらされる事態になったことの責任を取る必要があると判断した。(後略)(06・2・23『asahi.com』

「盛者必衰」なんて言葉があるように、人の人気や気運なども、絶えず押し寄せてはひいてゆく波のよう。

小泉首相の就任以来、幾度と訪れた首相への“攻め時”を、「年金問題」やら上記の「堀江氏メール問題」など、己の問題でことごとく潰してきた民主党には、もはや政権を握れる実力も運も、無いように思えてしまう。


この天山広吉ばりの、“ここ一番での弱さ”は一体何なのだろう…。
「民主党」という看板の元に、有象無象が雑然と立ち、足並みもそろえずただ、

「何かやってやろう…!」

と個々がはやり勇んでいるだけのような、そんなイメージ。


民主党は、ただ“首相に反対する党”では無く、何かの思想や理想の元に結成された…政党というものの原則を見直す必要があるに思う。

(〈トラックバック〉●「民主党・永田寿康氏、議員辞職へ」→06・2・23『(2×2)+1』
●「これは当然かな。」→06・2・23『ロココノイモア』
●「民主党の「終焉」前夜と日本の没落前夜」→06・2・23『ロック詩人・辻元よしふみのブログ』

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2006/02/22

モテない男子代表就任

niftyのブログ「ココログ」の特設コーナー『トラックバック野郎』から、トラックバックが張られていたので遡ってみると…先日14日に先のブログにトラックバックを張らせていただいた記事が、“傑作選”として紹介されていて、驚きのあまりまたこちらから二重にトラックバックを張ってしまった(スイマセン、1つ削除してください…)。

しかしせっかくピックアップしていただいた記事が、「バレンタインデーのモテない男子…というより私」というのも何とも複雑な気分である。
これぞまさに、プライベートの切り売り…マジメ調に時事問題を語ったりしている記事も(たまには)あるのだけれどなぁ。


というわけで、私はまるで「モテない男子代表」のようになってしまった。

まぁ…

…何事も事実ですから?

事実ですから…いいのだけれども…マジメ調に時事問題を語ったりしている記事も(たまには)あるのだけれどなぁ…あっコレ2回目だ。


とにかくここで重要なのは、「モテない男子代表」はモテない男子の気持が分かり、それを声を大に代弁することができるだけであって、決して“モテるためにどうすればいいか”なんぞを指導できる立場には決して無いということだ。

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2006/02/21

人見知りバリバリだぜぃ。

今晩はご招待を受けて、お仕事でお付き合いのある、某ゲーム会社のパーティに出かけた。

オシャレな町の、オシャレなビルの、オシャレなレストラン。
人見知りな私はまぁ…いつものようにアルカイック風スマイルを浮かべながら、端で立ちつくしていたのであった。


するとふと前を通り過ぎた人が、小学校時代の友人にそっくりであった。
いや、そっくりというよりか…その人!

いや、もしかしたら…すごく似ているだけの人かも。

いや、やっぱりあそこまで似ていて、他人なんてことは…。

いや、ドッペルゲンガーかもしれないし…。

いや、でも…。

いや、やっぱり…。


まるで告白前の純情中学生のようにドギマギしていると、やがて会はお開きに。
そのまま流されるように帰路に着いた。

結局、どっちだったのかな…。

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2006/02/20

ケロケロ。

 新日本ラストコールになった「ケロちゃん」こと田中秀和リングアナに、最後にサプライズが待っていた。タイトルを防衛したばかりの蝶野が、リング上で感謝の言葉。1度リングを降りた田中アナだが本隊の選手が登場し、再びリング上で胴上げされた。ただ、花束こそ受け取ったが最後まで退社など私的なことは話さず、普段通り「来場ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」と場内アナウンス。「引退じゃないですから。死ぬまでリングアナです」と最後までプロの姿を見せた。(06・2・20『ニッカンスポーツ』

すったもんだがあったって…ケロちゃんは日本一のリングアナウンサーだ。
あの独特の前口上…彼がいたからこそ生まれた名勝負だって、確実に存在する。

そして誰よりも新日本を愛し、誰よりも新日本に誇りを持っていた、団体の象徴たる人物だった。

奇しくも勇退の地は、あのファンの暴動と“涙の土下座”の地。
ケロちゃんが、まさか新日本を離れる時が来ようとは…。


しかし猪木とケロちゃんがいなくなった今こそ、新しいはじまりの時。

彼に後々、今日のことを悔やむ日が訪れるような、そんな新日本を、残った人達は取り戻して欲しい。
いい意味でも悪い意味でもたくさんの様々なファンの感情が、ドロドロと噴火寸前のマグマのように渦巻く、そんな輝ける新日本を。

(〈トラックバック〉●「ケロちゃんラスト胴上げ/新日本プロレス!!」→06・2・21『ぱあく@サラリーマンの「さらりぃまん日記」』

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2006/02/19

加齢は死を乗り越える

 お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えている。葬儀関係者には「人の死を悼む気持ちが荒廃している」と感じる人がいる一方で、「時代とともに葬儀も変わる」と受け入れる人もいる。あなたは、最期の顔を撮影されたいですか?
 (中略)全国の葬儀社でつくる全国葬送支援協議会(総本部・東京都千代田区)の斎藤浩司理事長(34)は「月に1度は見ます」と話す。「中学生や高校生は『撮っていいの?』という雰囲気だが、30〜40代の人は当然のように撮影する」と話す。香川県三木町の三木・長尾葬斎組合「しずかの里」職員、長尾鉄夫さん(55)も「20〜30代の若い人が『記録に残す』という感じで撮る」と話す。(06・2・16『exciteニュース』

「怖いものランキング」で「死」をトップに持って来るほど、訪れる死に今は恐れおののいている私だけれども、この恐怖はやがて必ず克服できるものだと信じている。

なぜなら世のお年寄りを見ていると、彼ら彼女らは確実に、それを克服していると感じるからである。


我が実家は古くからそこにあり、我が家も含め、周りにお年寄りが多い、そんな地域にある。

ある日、私が大通りの横断歩道を信号待ちしていると…

後ろから…

とてもゆったりとした足取りで…

お年寄りが…

私を抜かして…

目の前の信号を渡って行く…

…赤信号なのに!


当然のように走る車をストップさせ、クラクションを鳴らされながらも悠々と歩くお年寄り…よく見るこんな光景からは、それは死を克服しているというよりも…「どうでもいいや。」という思いさえも感じる。


未知のものは、恐怖のもの。
若いうちは、人は、「死」を恐ろしいものであったり、厳粛に受け止めるべきものであると重く重く考えがちであるけれども、年齢を重ね「死」が近くなればなるほど、人は当たり前のことだけれどもそれを身近に感じるわけで、そしていずれはそれを自然に・穏やかに享受できるようで…上記のニュースで「年配者のほうがケイタイカメラを使う。」というのも十分に納得がいくのである。

まだ「死」を遠くに感じている私には、なかなか理解し難い事例である。
しかし「死」は、人間の、いや生物の絶対であるからこそ、本来は何ともないことなのかもしれない。
こればかりは、時の経過のみが教えてくれることだろう。

(〈トラックバック〉●「カメラ付き携帯でデスマスク画像モブログに投稿・・・」→06・2・17『日本不経済新聞』
●「最期の顔 撮りますか」→06・2・17『すてきな奥さんなれるかな』
●「[お葬式]カメラ付き携帯で最期の顔パチリ」→06・2・17『ブラックティ7』

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2006/02/16

“忙しい”は言い訳にならず。

今日はタイトなお仕事の入稿日で、朝から“てんてこまい”であった。

そんな“てんてこまい”な時ほど単純なミスをしやすく、余計にてんてこまいになって…情けない。


仕事に限らず、よく「忙しい」ということを、まるで誇りのように宣言する人がいる。

しかし「忙しい」ということは基本的に、

“自分の能力が低いためにすべきことを処理しきれていない”か、

“自己の過信により許容量を超える範囲の事をひきうけてしまった”

ということであり、結局は己の能力の低さを声高らかに叫んでいるだけなのである。


特に、何でも「最近、忙しくて。」を理由にして、他のことを拒絶する人がいる。

「最近、忙しくて、遊びに行けないよー。」
「最近、忙しくて、ブログが書けないよー。」
「最近、忙しくて、彼女に会えないよー。」

「…忙しくても、遊べ!」
「…忙しくても、書け!」
「…忙しくても、会いに行け!」

1つの何かの忙しさにかまけて、もう1つの大切な何かを逃してしまうことは、あまりに愚かしい行為だと思うのである。


「最近、忙しくてホームページ本店が更新できないよー。」

…あっ、私だ。愚かだ。

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2006/02/15

トぺ・レベルサを食らった

まるで春が来たかのような、ポカポカ陽気。
あまりのいい天気に、やること溜っているのに思わず散歩に出かけてしまうほどであった。

幸い私は、花粉症(今日はマスクをした人が多かった)もブタクサ以外の花粉は大丈夫なので、元気元気。
春はとにかく、待ち遠しい季節なのである。


ただ1つ、困ることといえば…

春眠。

睡眠欲が非常に高い私にとって春は、寒い冬以上に活動が制限される季節でもある。


しかしそんな人は私だけではないようで…今朝、満員電車の真ん中に立つ私の、その目の前に立っていたOLであろう女の人。
その人が、電車が走り出すと同時に、立ったまま船を漕ぎ始めた。

1つ駅を通過するごとに、その上半身の揺れは、だんだんと前後に大きくなってゆく…!
それはまるで穏やかな調べを刻む、メトロノームのようだ。

「カチ…カチ…カチ…。」

「カチ…カチ…カチ…。」

「カチ…カチ…カチ…ゴンッ!」

「痛っ!」あまりに大きく振れたそのメトロノームは、勢い余ってすぐ後ろにいる私の顔面にぶつかってリズムを止めることとなった。


しかし、しばらくするとまた、

「カチ…カチ…カチ…。」

おぉリーサルウェポン。
春眠恐るべし。

せめてその頭付きに気付いて!

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2006/02/14

バレンタインデーは、戦士達のあの力が大解放される日である。

この年にもなると、もう2月14日なんて日常のうちの1日に過ぎないのであるけれども、思春期真っ盛りの男子にしたら、本日は年に1度の心に秘めたる一大イベントなのである。

そうそれは、思春期ならではの妄想力大解放による、「もしかしたら…」の波状攻撃。

彼らは24時間、常に、
「もしかしたら…。」
と思いながら、過ごすのである。


朝、家を出る時、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを持って立っているかも…!」

学校も近くなると、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを持って、校門で待っているかも…!」

下駄箱を開ける時、
「もしかしたら…誰かがこっそり、チョコレートを入れてくれているかも…!」

移動教室から帰ってくると、
「もしかしたら…誰かがこっそり、チョコレートを机の中に入れてくれているかも…!」

昼休みになると、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを持って、やって来るかも…!」

放課後が訪れると、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを持って、部室の前で待っているかも…!」

部活動中は、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを持って、遠くで自分のことを見ているかも…!」

帰宅中には、
「もしかしたら…誰かがチョコレートを、家に届けてくれているかも…!」


なるべく常に冷静を装いながらも常に意識は周囲にあり、今日ばかりはなるべくたくさんの人目に触れるように、意味無く学校中を歩き廻ったり、放課後遅くまで残ってみたり…水面下で行われる、けなげな受け身の努力は、とても美しい。


しかし結局その「もしかしたら…。」は全て裏切られ、手ぶらで傷心のまま家に帰って、待っているものは…

“お母さんチョコレート”。

これがまた子供ながらに存在する男子のプライドをさらに切り裂き、しかしながらそんな母に悪気があるものではないとわかっているからこそ、複雑な哀しい気分にさせるのである…。


そう、バレンタインデーは年に1度、思春期真っ盛りの男子が、己のプライドを傷つけられ、その存在を確認する、大切な日だったのだ。
そしてこうして挫折をくり返しながら、男子は立派な男へ、成長するのである。


次の日…朝起きると同時に、彼らはこう思う。
「もしかしたら…誰かが(恥ずかしさで)渡しそびれたチョコレートを、今日こそ持って来るかも…!」

決して諦めない心も重要だ。
がんばれ青春真っ盛り!!


…えっ?
あぁそうですよ。

かつての私の姿ですよ。何か?何かっ!?

(〈トラックバック〉●「バレンタイン悲喜こもごも」→06・2・14『トラックバック野郎』
●「13日のバレンタイン」→06・2・13『あゃ丼』
●「バレンタイン・キッス(*・v・)★」→06・2・13『SORA *hitorigoto』

もしかしたらもしかして…

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2006/02/13

遺憾だ。遺憾が遺憾だ。

寒さが特に苦手な私は、ウィンタースポーツには何も思い入れは無いけれども、オリンピックの映像は美しいと思う。

一面の雪と一面のギャラリーをバックグラウンドに、躍動する選手達…雪とお客さんは“静”で、選手は“動”だ。
選手が最高のパフォーマンスをし、その注目を一身に集めているその瞬間、選手以外の周りのもの、全ての時間が、ピタリと止まる。
その息を飲むようなそんな雰囲気が、テレビの向こうからでも伝わってくるのだ。

8年前に買った我が家のテレビからでもそれがわかるのだから、“ハイビジョン”テレビなんかだったらすごいんだろうなぁ…なるほどスポーツイベント前は売れるわけだ。


また、スキージャンプの選手とまるで並んで飛んでいるような目線であったり、スノーボードの選手を上からまるで神かのように見下ろす目線であったり、普段に体験し得ない場所からの撮影など、撮影技術や撮影機材の発展も目ざましいところがあるのも、その理由だろう。


 全日本スキー連盟の伊藤義郎会長は12日、前日のジャンプ・ノーマルヒル予選で失格した原田雅彦(雪印)について「遺憾に思う。今後、いっそう自己管理を徹底するよう選手、コーチに伝えた」と苦言を呈した。
 日本オリンピック委員会の竹田恒和会長も「報告を受けただけで本人から話は聞いてない」と前置きした上で「残念としか言いようがない。ほかの誰の責任でもない。選手自身が一番ルールについて知り、対応しなければならない」と話した。(06・2・12『nikkansports.com』

スポーツにおいて…特にプロリーグなどでは無い、オリンピックのようなスポーツの本質を純粋に追求し、楽しみ、競い合う(という大儀のはずだ)祭典での我々ギャラリーの存在は、選手個人が“自分の可能性に挑戦し、戦っている”その貴重な瞬間に、ただ立ち合わせてもらっているだけなのだ。

だから選手の個人的な結果に、選手以外の我々がとやかく言う権利は全く無く、上記の言動はあまりに厚かましいと思うのである。
「遺憾」などという大層な言葉を使うなどもってのほかだ。


しかし…大舞台で結果的にどんな形でも“おいしいところをもって行く”、原田雅彦という選手の衰えを見せない「スター性」には、目を見張るものがある。

(〈トラックバック〉●「原田ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」→06・2・12『壁に耳あり、クロードチアリ。 』
●「原田━━━━┐(゚〜゚)┌━━━━!!! 」→06・2・12『この際、言いたい放題=別冊版 』

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2006/02/10

全ての子供に悩める思春期を

 04年8月にモーニング娘。を卒業し、現在は女性デュオW(ダブルユー)として活動中の未成年タレントA(18)が9日、謹慎処分を受けた。今日10日発売の写真誌フライデーに喫煙写真を掲載され、所属事務所アップフロントエージェンシーに喫煙したことを認めた。
 事務所はテレビ局などに降板の申し入れを行っている。謹慎期間は未定。小学女児を含め多くのファンを抱える人気者だけに、影響は小さくない。
 (中略)最近は、ジャニーズ事務所のNEWSの未成年メンバー2人も飲酒騒動で芸能活動を自粛中。同事務所は若いファンへの影響も考え、グループ全体の年内活動を休止するなど迅速で厳しい処分を下したばかりだった。
 いずれも未成年とはいえ、小学生を含む幅広いファンを抱える人気アイドルという自覚が問われている。(06・2・10『ニッカンスポーツ』

子供の成長にとって大切なのは、思春期に訪れる独特の、不安定な気持ち…
直面する理想と現実のギャップや挫折、妄想や突然訪れる性欲から来るドロドロとした自責の念、自分自身の存在を確かめ定義せずにはいられない焦り
…それらを感じ、“悶々と日々を悩み続ける行為”なのだと思う。

今考えるとちっぽけな、どうでもいいことばかりだけれど、それを毎日1人で考え、自分の心や身体をいじくり回し、向かい合って…答えは決して出ずとも、そうしてだんだんと大人になっていくのだと思う。


理由は特には無いけれども、
「私って、美人よね!」
なんてすごく自分に自信が持てたと思うと、

「どうせ私なんて…。」
などと突然自信を喪失したり…全てが自己完結の世界であるのだけれども、その自分を見失っている不安定な精神と自分を見付けようとする精神こそが、思春期なのである。


そんな思春期のドロドロした、自分と向かい合いそれを探すべき時期に、

「かわいいね(カッコいいね)。かわいいね(カッコいいね)。」

と周りから言われ続け、周りからの刷り込みによって自分のカタチを決定し、信じ込んでしまうと、精神の成熟は決してなされない。


未成年アイドルによる一連の事件は、その象徴のように思える。
彼女ら彼らは大切な大切な精神成熟の時間を、時間や周りからの刺激によって奪われ、成長できずにいる。それに気付くことなく。

彼女ら彼らはある意味、哀れな被害者なのかもしれない。

(〈トラックバック〉●「加護亜依 未成年の喫煙で謹慎処分」→06・2・10『A small diary』
〈トラックバック〉●「未成年が喫煙とかぁ 」→06・2・10『悠久の時の中で..』
●「アイドルってのはダメだねぇ… 」→06・2・10『教授の研究日誌 』

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2006/02/09

他人の「おやつ」とか「ご飯」とかこのシリーズ、もう飽きますよねぇ…。

今日の夜ご飯は、お寿司(↓)!

ィヤッホー!寿司だ寿司!カニも入っているよ!


「ツーン!」

わ、わさびが辛い…。


「わさびが思いの他効いた時は、お茶を飲むのではなく、ガリを食べるようにすると、“粋”である。」

どこからかそう聞いたので、ツーンと鼻にくる刺激と共に、ガリをおもむろに口に入れてみると…


「ツーン!」

ガリも辛かったよ…。

でもマグロの赤身がやっぱりイチバン好き

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2006/02/08

パスパ〜ス!パス、パス!!

上司のM.I.Pさまより「バトン」が廻ってきた。

この「バトン」、ブログ発展による1つの文化として、誰か研究している人とかいないのかなぁ。


と、いうわけで、そのお答え(↓)!

1.もし、朝起きて自分が女(男)だったらどうする??
驚きつつもまじまじと自分の身体を観察し、
「もしかしたら、結構いいかも。」
と思う。
しかし大して変化の無い(であろう)無様なままの顔面と、崩れた(であろう)ホルモンバンランスの影響を心配する。

2.もし、今日だけお金持ちになれるとしたら何したい??
買い物に出かける!
ルートはおそらく、渋谷→中野→吉祥寺→新宿→秋葉原→横浜→桜木町。
「百萬男」なんてメじゃないぜぃ。
「…アンタ、あした1日だけお金持ちだよ。」
とちゃんと予告してくれるのならば、日付が変わったその瞬間から、外に出よう。

3.もし、大地震が来たらあなたゎ誰と一緒に居たい??
確実に命を落とすような大地震であるならば、友人達とお酒を飲みながら、そのまま潰れたい。
そのような地震でないのであるならば、部屋の後片付け等の問題があるので、被害を最小限にするためにも、じっと部屋でその時を迎えたい。

4.もし、家族があなたを狙ったスパイだったらどうする??
「今までなんだったのさ!」
と書き置きを残し、旅立つ。

5.もし、空を飛べたらどうしたい??
あまり大々的に知られることになっても困るので、早朝にこっそり、空散歩をする。

6.もし、霊感があって、たまたま貞子見たいのが見えちゃったらどうする??
“たまたま”見えるだけでは商売にならないので、“常に”見えるようになるように、お寺に相談&修業に出かける。

7.もし、大好きな人が居なくなってしまったらなんて言葉を贈りたい?
「待ってるから、帰ってきて。」

8.もし、ドラエモンがいたら何を出して貰いたい??(1個だけ)
うわ〜。“スモールライト”くらいしか思いつかない…。

9.もし、今日戦争が起きたらどうする??
戦争にまで踏み切った国の指導者への怒りを感じ、同時に徴兵を心配する。

10.もし、あなたがスターだったら何したい?
上川隆也と仲間由紀恵の間に立って、テレビに出る。

11.もし、電車でおならしちゃったらどうする??黙ってる?それとも、「臭っ」って言っちゃう??
無言で外を眺め続ける(なりたいものは空気)。

12.もし、大好きな人と一緒に居て笑ったときにチラって鼻毛が見えちゃったらどうする??
見えていないフリをし、後にその人の無防備な新しい一面に、安心感を覚える。

EXステージ.もし、今なんでも1つだけできるならなにがしたい?
人の、心の声を聞きたい。


…これって、「もしもバトン」?

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2006/02/06

なんとなくてんやわんや

今日のおやつ…じゃなかった、今日の夕飯(↓)。

と、いうわけで本日は会社にお泊まりして、ふがふがお仕事。
近所のセブンイレブンでお弁当を買った(「スヌーピーボウル」のポイントを集めている)帰り道、雪が舞ってきた…!わくわく。


舞い踊る雪の向こう、職場の窓からは、恵比須のプライムスクエアが見える。
頂きが光り輝く、まるでアテネのパルテノン神殿のような建物…。
天まで堂々とそびえ立つようなそれは、人間の叡智の権化のようにも思える。

遅くまで仕事をしている時…ふと気付く時にはいつもその、頂きに灯されていたはずの明かりはすっかり消えていて、さっきまで光り輝いていた遠くの街並みは暗闇の世界に呑み込まれていて、寂しくなる。


今日はそのプライムスクエアの明かりが消えるところを、絶対見てやろうと、目を見開きながらずっと外を見ていたのであった。


…仕事せず。

からあげチャーハン弁当500えーん!

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2006/02/04

Tシャツは4,900円まで、ラーメンは750円まで、アイスは…100円まで!

いつの間にか毎日のおやつコーナーと化けそうな本ブログであるけれども…今日はおいしいおいしいとずっと食べていたアイスが、“150円”だったことに初めて気付き猛反省。

無意識ながら、自分の中でのルールを破り、ゼイタクをしてしまった…そんな自分に喝!


“お金を出せばおいしいものが食べられる”というのは当たり前の事であって、それは何でもないことである。
もちろん世の中には、“高いお金を払ってもまずいもの”も存在する…と、いうことは逆に、“安いのにおいしいもの”だって存在しているはずだ。

私達庶民が知恵とその労力を惜しまず求めるものは、それである。
そしてそれこそが、私達が生活している証である。

確かにおいしいんだけどもなぁ…

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2006/02/03

撒くか、かじるか。

かぶりつけ、未来のために関東人の私には全く無かった文化がこの、“節分の日・のり巻き丸かじり”である。
でもほら。今日のおやつ(→)。

ここ数年は関東地方でもコンビニを中心に大々的にこの文化を売り出すようになり、そこで初めて私も、これを知ったのであった。

本来ならば節分の日の夜、家族で恵方(南南東)に向かい、無言で丸かぶりするとよい(幸福がやってくる)のだそう。


どうやらこの恵方巻き、お菓子メーカーがバレンタインデーを計画したのと同様に、江戸時代の大阪の海苔問屋による、プロモーションの1つのようだ。


しかしその…「家族で揃って〜」の部分は理解できるが、「無言で。」の部分が全く理解できない。
せっかく家族揃って仲良くご飯を食べるのに、なぜ言葉を発してはいけないのだろうか。
「願いごとを念じながら」という理由はわかるけれども、この場合はずいぶん「無言で。」が強調されているようで、とても気になるのであった。


もしかしたら、関西人、年に唯一の、喋り“自粛”の日なのかな。
…おっと、失礼。

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2006/02/02

本日のおやつ。

「ヘタの方から食べると、最後にイチバン甘いところが口に入ってくる。これが、イチゴの正しい食べ方です。」

なんてイチゴ農家の人が言っていたのを聞いて、なるほど納得したことがあったけれども、それではまるで“朝三暮四”のようである。


アラこんなところで故事成語。
人間と言葉は、深いなぁ。

だーい好き(プチプチが)

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2006/02/01

3日後に訪れる恐怖

先日のバドミントンの試合以来、筋肉痛に悩まされている。
顔面以外、首から足首まで、全ての筋肉が悲鳴を上げていて、しかもしそれが日に日に増している…。


運動直後:極度の倦怠感と睡眠欲に襲われるようになる。

1日後 :腹筋の痛みに、くしゃみやセキの訪れを恐怖に感じるようになる。

2日後 :太もも及びふくらはぎの痛みにより、階段歩行などの日常生活にまで支障をきたすようになる。

3日後 :全身の痛みにより朝ベッドから起きあがれなくなり、遅刻する…。


あしたは欠勤だな…。

イタタタタ…

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